誰にも届かない短文コラム

虚無僧が呟き切れない事を書き殴っていきます。

民主主義への挑戦だ

先程のツイートの補足を書きましょう。

 

選挙の際の演説というのは、あくまでも聴衆に対してその候補者や政党が、己らの実績、政策、公約を語る場であって、支持者や反支持者と意見交換をする場ではない。

 

皆が黙って話を聞き、自分の代弁者に成り得る存在かを見極めなくてはならない。

そんな大事な品定めの場で、大声出して演説を聞こえなくしたり、横断幕や幟で視界を遮ってはいけない。

それは、自由選挙を妨害している行為なのだ。

 

「政治家は自分達の声を聞け」

 

最もらしい事を言っているようだが、これは大間違い。

国会議員、特に参議院議員の場合、国政を執り行う上で議論をする相手は国会議員や閣僚、官僚である。

国民の声を直接政策に反映させるのは、衆議院議員である。

 

国会議員、しかも閣僚や首相に対して直接意見を言うなら、遊説で街頭を練り歩き、握手して歩いている時ぐらいだろう。

後は、ホームページやTwitterなどで意見を送るくらいだ。

 

演説の場で声を上げるのは、話を聞こうとしている人に対して失礼だし、候補者の想いを伝えるチャンスを潰すことになる。

 

これは公職選挙法で禁止される行為だ。

それだもの、警察が妨害者を排除するのは当然。

表現の自由ではない。犯罪行為だ。

 

表現の自由を標榜するなら、公共の福祉を侵害するな。

反安倍が街頭演説を妨害するのは、公共の福祉の侵害でしかない。

表現の自由は成立しない。

よって、公職選挙法で定める選挙妨害となる。

 

自由とは、FREEDOMではない。

公共の福祉の制約の下、何者に害されない行為行動を指す。

公共の福祉を害すれば、一定の制約を食らうのは当然である。

 

どうしても自分の声を直接言いたければ、国会議員になり、同じ土俵で議論すればいい。

それができないなら、自分の代弁者たる議員国会に送り、しっかりと声を上げてもらえばいい。

それが選挙なのだ。

民主主義の根幹でもある選挙の妨害は、民主主義の破壊に成りかねない。

それを、表現の自由の侵害や、国民の声を封じるなどと的外れな指摘はナンセンスだ。

 

今回の選挙で面白いのは、与党の選挙運動に対する妨害ばかりがクローズアップされている。

与党支持者が、野党候補の演説を妨害して捕まったという報道はない。

 

さて、本当に民主主義を重んじ、この国の為を思っているのは、どちらの支持者なのだろうか?

 

泣いても笑っても、今夜結果が出る。

その前に、みんなで選挙に行こう。

自分の声を届けてくれる代弁者を、しっかり吟味して一票入れよう。

 

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